農地にも次々に風車が 農地転用促す新法使い
農業でも同様の仕組みができていた。
能代市では、自民党参院議員・野呂田芳成(元防衛庁長官)の秘書だった斉藤滋宣・能代市長と大森建設(第2期秋田県新エネルギー産業戦略検討会議の委員)がタッグを組んで、陸上では県内最大規模となる白神ウィンドファーム(4200㌔㍗、25基)を建てる計画を進めているが、そのうちの9基は能代市の農地に建てるという。風車が発電することで出す排熱を利用し、それを地中のビニール管を使ってビニールハウスに供給し、冬の長い秋田の農業振興に役立てるというのが宣伝文句で、風車1基に1つのビニールハウスをつくる計画だ。
行ってみると、稲刈り前の田んぼや、大豆や蕎麦を植えている畑のど真ん中に100㍍以上の巨大風車が建っており、風車のブレードを運ぶための幅15㍍はあろうかという道路もできていた。ビニールハウスがあるのは実証実験をやっている1基だ。ただ、そのビニールハウスでどんな作物をつくるかは決まっていないという。
農家は普通、石油ボイラーを使ってビニールハウスを温めており、わざわざ風車を建てなくても…と思うが、これは2014年5月から施行された「農山漁村再生可能エネルギー法」を利用するというのがミソ。通常、農地転用は簡単ではないが、この法律を利用して風車を建てようとした場合、農地法、水利権、漁業権、保安林などの各種転用手続きを行政が一括代行することになる。同法は全国土の12・1%(456万㌶)までを再エネ設備の用地にすると謳っている。
この事業に750万円を出資した能代市は、同法にもとづく協議会を秋田県で初めて設置。事業者である大森建設は、売電収入のうち2億円を基金として積み立て、「この事業をおこなう農家をサポートする」とともに、別に3億円を拠出して「自治会や市町の活性化を支援する」といっている。地元の人は「このようにして地元が反対できない、口を出せない雰囲気をつくっている」といっていた。
さらに「総事業費約380億円のうち20億円を住民や法人からの出資でまかなう」「1口10万円で50口まで応募できる」「利息3%で配当する」といって、「自然エネルギー市民ファンド」(東京)が10月1日から市民ファンドの募集を開始する。
乏しい地元企業の受注 日本に製造企業なし
それでは、地元の経済は活性化しているのか?
丸紅などが事業者となっている能代港と秋田港の洋上風力(4200㌔㍗、33基)が商業運転を開始した。33基を建設する総事業費が約1000億円で、うち地元企業の関連受注率は1割程度と発表された。
洋上風力は1基あたり2万~3万点の部品が必要とされるが、日本の大手メーカーは風力発電の製造から撤退しており、欧米企業の独壇場だ。
秋田港・能代港の洋上風力も、中枢部のナセルやブレード(羽根)などはデンマークのベスタス製で、風車の設置工事に使われた巨大作業船を含め、事業費の8割は海外調達。組み立ても来日した外国人作業員が請け負ったという。さらに今後20年間の風車のメンテナンスはベスタス・ジャパン(東京)が、洋上基礎構造物や陸上の送変電設備などのメンテナンスは丸紅洋上風力開発(東京)が担う。地元企業が参入する余地はほとんどない。
三菱商事グループが落札した由利本荘沖に建つ65基の巨大風車も、すべて米ゼネラル・エレクトリック(GE)の最新機種「ハリアデX」で、GEと連携する東芝エネルギーシステムズ(川崎)がナセルを組み立てる。洋上での風車設置工事は、バン・オード(オランダ)の日本法人とゼネコン鹿島(東京)が担当。稼働後のメンテナンスはGE、シーテック(中部電力子会社)に加えて、国内大手の北拓(北海道)、保守業務に必要な作業員輸送船(CTV)の保有・管理は日本郵船(東京)がおこなう。コンソーシアムにウェンティ・ジャパンが入っているぐらいで、これも地元企業が入る余地はほとんどない。
かつて賑やかだった由利本荘駅前の中心市街地は、住宅や学校、病院が郊外に移転したことで今は空洞化していた。小学校の統廃合も進行中だ。飲食店を営む男性は、「風車建設でこの町が潤うとは誰も思っていない。われわれが払っている再エネ賦課金が外にもっていかれるだけだ。ただ、風車の建設や視察に来る人の宿泊や飲食で、ある程度は地元にお金が落ちるかもしれないという期待はある。だが、それも秋田市に流れるかもしれず、地元でどの程度になるかは見えない」と語っていた。
ちなみに由利本荘沖洋上風力の環境アセスが始まっているが、地元では評判がすこぶる悪い。ある男性は「県や市は低周波の影響はアセスでちゃんと調べるという。しかし、アセスを請け負っているシーテックは、説明会で住民が録音・録画することも、アセス文書をコピーすることも制限し、質問時間は1時間、1人1回のみとした。これではチェックのしようがない。行政が推進の立場だと企業がやりたい放題だ」と話していた。