Passing on the stories of kamikaze pilots as 'human beings, not heroes'
神風特攻隊員を「英雄ではなく人間」として語り継ぐ
Aug 20, 2025
鹿児島県南九州市発 ― 第二次世界大戦中、特攻隊員たちにとって母親のような存在だった鳥浜トメさんのひ孫が、特攻隊員たちの物語を伝える活動に尽力している。トメさんは彼らを「英雄ではなく人間」と呼び、彼らについて語り継いでいる。
鳥浜健太さん(33歳)は、父のライフワークである、終戦後期に鹿児島県の知覧基地から飛び立った特攻隊員たちについて語り継ぐ活動を引き継いでいる。250キロの爆弾を積んだ特攻隊員たちの飛行機は、敵艦に意図的に墜落した。
トメさんは、現在の南九州市にあった旧日本陸軍航空基地近くで、軍指定の食堂「富谷食堂」を経営していた。彼女は母親のような存在として慕われ、若い特攻隊員たちの家族への最後の手紙を代筆したり、特攻隊員たちが食べたい料理を自腹で用意したりしていた。
健太さんの父、鳥浜明久さん(2021年に60歳で亡くなった)は、トメさんの話を継承しようと、2001年にトメさんの食堂を復元した資料館を開設した。明久さんは約30年間一緒に暮らしたトメさんからパイロットたちの話を聞き、館長を務めた。
健太さんは旧基地の近くで育ったが、岡山県の大学に進学。そこで、同級生たちが知覧の特攻隊員のことを知らないことに衝撃を受け、「パイロットたちの話が消えてしまうかもしれない」と、いつか父の資料館を継ぐ決意を固めた。
明久さんは2016年頃に体調を崩し、館長を続けることが難しくなった。資料館の閉鎖も検討される中、当時広島県の自動車関連会社に勤めていた健太さんは故郷に戻った。 2021年7月、館長に就任した。
健太さんはトメさんとほとんど面識がなかったが、昭久さんから特攻隊員たちの話を聞き、来館者の心に響くのを目の当たりにして育った。小学校高学年からは昭久さんの話を定期的に直接聞き、それぞれのパイロットの逸話を暗記した。
昭久さんが病に倒れた後は、健太さんが代わりにパイロットたちの話を語り、1000回以上の講演を行った。
健太さんは特攻隊員たちを「私たちと同じ人間」と表現する。
「時を経て、パイロットたちは歴史の英雄になった。しかし、彼らにも守りたい人がいて、多くの苦しみと苦悩の末に(特攻隊に)旅立った」と健太さんは語る。
「トメさんの記憶を後世に伝えていきたい」
https://www.japantimes.co.jp/news/2025/08/20/japan/beloved-figure-to-kamikaze-pilots/